絶対に失敗できない、そのときに。
事業再編やM&Aの局面で、どのように企業価値を高め、成長を実現するのか。
「企業価値向上に資するキーワード」を熟練の実務家パートナーたちがQ&Aで紐解きます。
第3回は、組織における動き方や体制を変革し、意思決定のスピードを上げる「ターゲット・オペレーティング・モデル(TOM)」について、当該領域で多くの実務経験を持つ当社パートナー&マネージングディレクターの愛場悠介が、その重要性と実践方法を解説します。
【この記事のポイント】
・ターゲット・オペレーティング・モデル(TOM)とは、企業の戦略を実現するための組織の「在り方」「動き方」を定義する仕組みを指す。
・TOMを再定義することで、本社をスリム化し、権限を事業部へ移譲するのも一例。組織の「意思決定の迅速化」と「固定費削減」に寄与し、企業価値を向上させられる。
・成功の鍵は、明確な「目的意識」と「納得感のあるトップダウン」。短期間でやり切ることで、後戻りしない不可逆的な構造改革を実現する。
Q1 「ターゲット・オペレーティング・モデル(TOM)」とは何か?
企業が目指す戦略やビジネスモデルを実現するための、組織としての在り方や動き方を定義したモデルです。企業が新たな戦略を定めても、それだけでは組織は動きません。戦略を実行するためには、組織構造、ガバナンス、決裁権限といった組織の動き方を最適化し、仕組み化することが不可欠です。
私たちは、TOMを6つの構成要素で捉えています。

これらの要素は、それぞれ具体的なアウトプットと結びついています。例えば「組織体制」は組織図や業務分掌規程、「ガバナンス」は決裁権限規程やKPIといった形で具体化されます。また、「人の配置」においては、一人の管理職が管理する部下の人数(スパン)、経営トップから現場までの階層(レイヤー)の最適化などの議論が含まれ、意思決定の迅速化を図ります。
これら6つの要素を具体的に定義し、相互に整合させることで、組織としてあるべき在り方と動き方をデザインしていきます。
Q2 なぜ企業はTOMに取り組むのか?
企業がTOMに取り組む理由は、突き詰めると「意思決定スピードの向上」と「コスト構造の改善」の2点に集約されます。TOMを再定義することで、権限と責任の所在を明確にし、意思決定を速め、同時に肥大化した固定費を削減する。この2つを同時に実現できる点が、企業価値向上の観点でTOMが重視される理由です。
具体的なインパクトを、私たちがご支援した欧州の産業機械メーカーの事例でご紹介します。その企業はグローバルでトップティアの企業でしたが、多角化を進めた結果、「事業」「国」「組織の機能」が複雑に絡み合うマトリクス構造を抱え、本社機能だけでも1万数千人という規模に膨れ上がり、結果として多くの意思決定に本社の承認が必要という中央集権的な弊害が強くなっていました。
事業ポートフォリオの入れ替えに伴い、あるべき本社機能の再定義と実行を12か月の期間でご支援しました。具体的には、各事業本部が川上から川下までの一連のバリューチェーンを1つの組織内で完結できる(エンド・ツー・エンド)体制を構築し、1万数千人だった本社組織を600名程度までスリム化しました。ポイントは、単に人を減らしたのではなく、人員と機能を「事業部」へ徹底的に移管したことです。これにより、肥大化した固定費を削減。加えて、開発から生産、販売、アフターサービスまでのプロセスが完結し、責任の所在が明確になり、意思決定スピードも大きく向上しました。結果として、年間5億ドル(約750億円)のコスト削減だけでなく、市場へのレスポンス向上によるトップライン(売上)への寄与も確認されています。
Q3 なぜ今、TOMが注目されているのか?
TOMが近年注目される背景には、資本市場や株主・投資家からの要請が高まり、経営者が組織の抜本的な変革を迫られる外部圧力が高まっていることにあります。大きく二つの要因があります。
一つ目は、「事業ポートフォリオ再編」の加速です。東証による資本コストを意識した経営の要請や、コーポレートガバナンス改革の浸透、さらにはアクティビストからのプレッシャーなどを受け、多くの伝統的な日本企業がビジネスポートフォリオの抜本的な見直しを迫られています。「自社にとってのコア事業は何か」「自社よりも良いビジネスオーナーがいるのではないか」という視点での再編が求められているのです。
その結果、コア事業への集中を目的とした事業売却(カーブアウト)や、M&Aを通じた事業再編が活発化しています。しかし、例えばコングロマリットから切り出された新会社が、迅速な意思決定を必要とするにもかかわらず、組織構造や決裁権限が「親会社時代のまま」では、新たな戦略実行は困難です。こうした大きな変化の中で、新しい組織体としてふさわしい組織の在り方を再定義する必要性が高まっています。
二つ目は、肥大化した組織構造の是正による「リーン組織」の実現です。これまで多くの日本企業においては、抜本的な構造改革、特にM&A後のPMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)を徹底してこなかった側面があります。統合プロセスでの検討が不十分だったために、グループ内に重複した機能が温存され、本社機能が複雑かつ肥大化したままというケースが少なくありません。
その結果、欧米の競合他社に比べて販管費が高いまま固定化され、肥大化した本社機能が現場の足かせとなって、重要な意思決定を遅らせています。リーンな本社を実現し、現場の事業本部へ大胆に権限を移譲することで、経営スピードを加速させる。このような組織モデルの転換が日本企業に求められています。
Q4 TOMの策定・実行は、どのようなステップで進めるのか?
私たちは、TOMの策定から実行までを、大きく5つのステップで進めていきます。
ステップ1:TOM基本方針の策定
「TOM策定で何を実現したいのか」という目的を明確にします。例えば、「意思決定の迅速化」「組織としての効率性の向上」などです。何を実現するのかを定めた後、「そのためにどういった機能をまず配置するのか」を定義します。
ステップ2:組織境界線の定義
各組織が担う役割の線引きを行います。例えば、本社機能と事業本部の境界線を定め、それぞれの権限の範囲を明確にします。
ステップ3:組織基本機能の確認
各機能の役割を定めます。例えば、人事やITといった組織の機能ごとに、本社と事業本部のどちらがどのような役割を担うのかを明確にします。
ステップ4:組織詳細の設計
組織における、詳細な部分の定義を行います。誰が実行責任を負い(実行責任者:Responsible)、誰が結果責任を負うのか(結果責任者:Accountable)、誰が相談相手で(協議先:Consulted)、誰が報告相手なのか(報告先:Informed)。こうした「RACI(レイシー)」と呼ばれる役割分担フレームワークなどを用いて詳細に定義し、具体的な組織の動き方を設計します。
ステップ5:組織変革の実行
新しい組織の動き方に関するトレーニングやナレッジトランスファー(知識の伝達)を行い、人材の異動の準備を進めながら、一定のトライアル期間を経て本格的な組織変革へと移行します。

これらのプロセス全体は、変革の規模にもよりますが、3年かけるのではなく、およそ9か月から1年の期間でやりきることが多いです。変革に対する従業員のモチベーションを維持しながら、スピーディーに実行することが重要だと考えています。
Q5 TOMのプロジェクトを成功に導くためのポイントは?
TOMの再定義は、実行に先立つ計画段階での取り組みが成功の鍵を握ります。TOMを単体でご相談いただくケースはそれほど多くありません。多くの場合、全社的な構造改革や、M&Aによる事業ポートフォリオの変革といった、より大きな経営アジェンダと連動する形で組織モデルの再設計が検討されます。いずれの場合も共通して重要なのは、やはり「何のために組織変革も合わせて行うのか」という目的を明確にすることです。
その上で、日本企業においてTOMの実効性を高める鍵は、「納得感のあるトップダウン」のデザインです。日本企業では、ボトムアップでの意思決定の文化が根強く残っていることが多く、トップダウンの大きな変革が必ずしも上手く進むとは限りません。そのため、目指すべき方向性が定まった後の「合意形成」のプロセスが極めて重要になります。
海外企業であればトップの号令で進むこともありますが、日本企業では、関係する役員層を幅広く巻き込み、丁寧な議論を重ねることが不可欠です。例えば、私たちが支援した事例では、社長が示した方向性をもとに、コーポレート部門と事業部門を合わせた十数名の役員の方々と隔週のマネジメントワークショップを数か月にわたって実施しました。目指す方向性のメリット・デメリットや、実行上の課題を早い段階で出し尽くし、集中討議を通じて納得感を醸成していく。このプロセスを経ることで、その後の実行フェーズを円滑に進めることが可能になります。
こうした変革を社内だけで進めるには、おのずと限界があります。外部の専門家を活用する意義は、「専門性」と「客観性」の2点に集約されます。
まず「専門性」について言えば、自社内だけでは自分たちのやり方が業界の標準なのか、あるいは特殊なのか判断がつきにくいものです。私たちは国内外の様々な企業の変革を支援してきた知見をもとに、その企業の戦略に最適な組織のあり方を助言できます。
もう一つの「客観性」については、組織再編では部門間の力学など、社内の事情が判断に影響を及ぼしがちです。私たちは完全に外部の立場から、本来の目的に立ち返り、客観的な視点で議論をファシリテートし、実効性の高い合意形成を支援します。
Q6 アリックスパートナーズならではのTOM支援とは?
私たちの強みは、構造改革と連動した組織変革の領域で、国内外において多くの実績を積んできた点にあります。変革の勘所や定量的なベンチマークデータを社内に豊富に有しており、例えば数週間という短期間で企業の状況を診断するクイックスキャンが可能です。また、アリックス独自のツールを用いれば、これまでのベンチマークデータに基づき、同業他社と比較してどの機能が肥大化しているか、どの意思決定プロセスがボトルネックなのかを数値で可視化することも可能です。
もう一つの強みは、数々の難局における事業再生を出自とするファームのため「短期間で目に見える成果を出す」という実行力です。企業の変革を成功させるためには、明確な目的意識に基づき、構造改革と組織デザインを一体で進めることが不可欠です。改革が絵に描いた餅で終わらないよう、組織の働き方を根底から変えるアプローチが求められます。アリックスパートナーズは、豊富な実績とデータに基づき、短期間で実効性のある変革をご支援することが可能です。
