絶対に失敗できない、そのときに。
企業の収益性向上や構造改革における「企業価値向上に資するキーワード」を熟練の実務家パートナーたちがQ&Aで紐解きます。
第1回は、収益改善の鍵を握る「プライシング(価格戦略)」について、プライシングの第一人者である当社パートナー&マネージングディレクターの山城和人が、その重要性と実践方法を解説します。
【この記事のポイント】
・価格設定は、顧客が感じる価値を定量化し、競合との比較や価格感度を踏まえて戦略的に行うべき経営判断である。単なる値上げではなく、企業の収益構造を根本から見直す機会となる。
・値上げは営業任せでは成果が出にくく、全社的な仕組みとインセンティブ設計が不可欠だ。日本企業は旧来のコスト積み上げ式から脱却し、価値ベースの科学的な価格設定へ移行することで、競争力と収益性を飛躍的に高めることができる。
・インフレ時代に突入した日本企業は、価格改定、特に値上げは避けて通れない状況にある。今後はこの価格改定(値上げ)をやりきる組織力の有無が、企業の収益性に大きな差を生む。
Q1 プライシングとは、どのような手法に基づく戦略なのでしょうか?
価格設定とは単なる値上げではありません。まずは、商品やサービスの知覚価値を定量化し、その価値と価格のバランスや妥当性を検証する行為からスタートします。加えて、競合他社との比較や顧客の価値認識も考慮します。
もし、これらの妥当性が検証できない場合には、製品・サービス全体の価格ポジションを是正したり、個別の製品・サービスの価格改定を行う必要があるということになります。その場合、製品に対する価格の弾力性(感度)を精査することで、価格改定の可能性がみえてくることもあります。
Q2 適切な価格設定とはどのように行われるのでしょうか?
価格設定は、大きくは、プロダクト・プライシング(製品ごとの価値や価格感度、顧客の利便性を考慮する手法)と、カスタマープライシング(顧客属性や取引属性ごとに価格を変える手法)
の2軸で説明できます。

価格設定にあたっては、プロダクトごとの価値・価格感度・競争状況などを勘案し製品・サービスのリスト価格(標準価格)を設定します。一方で、特にB2B企業では、取引ごとに価格を変える必要性があり、顧客の支払い意思や自社にとっての当該顧客の魅力度等によって価格を調整します。つまり、相対交渉してディスカウントを付与した後の価格が、実質的な価格になります。したがって、B2B企業ではプロダクトと顧客の両面から勘案して、最適な価格設定を行う必要がありますが、このディスカウントをどのようにコントロールするのか、日本においては、特にこの過程が曖昧で、理にかなっていないケースが多く見受けられます。
社内の決済プロセスの中で、過度なディスカウント提供を抑制できるように、統制を行うことを価格ガバナンスと呼びますが、B2B企業の場合は特に、価格ガバナンスが重要な要素となります。
Q3 長年続いたデフレの中で、日本の消費者は低価格の商品を買うことに慣れてしまい、企業サイドでも値上げを躊躇してきました。ここへきてインフレが押し寄せ、企業は一斉に値上げに走っています。この動きは企業の収益改善につながるのでしょうか?
インフレ時代に入って価格改定(値上げ)がしやすくなり、企業は一斉に値上げに動いています。適切な値上げができれば、確かに収益拡大につながります。ただ、原材料費も上がっていますので、単なるコスト転嫁では収益改善にはつながりません。
値上げは営業現場任せではうまくいかず、全社的な仕組みやサポートが必要です。なぜなら、営業部門は売上で評価されるケースが多く、値上げを行うインセンティブが弱いからです。仮に10%の値上げに成功した場合、営業利益率が5%の企業にとっては、その利益は3倍近くに増えることを意味しますが、それに対し売上は10%しか増えません。値上げは顧客からの不評を買うことはあっても、喜ばれることはありません。値上げという困難な活動に適切なインセンティブが働くように、評価制度を含めた仕組みの変更が有効な場合があります。
加えて、企業全体が組織として適切なプライシング戦略を持っているか否かが問われます。具体的には、顧客や消費者の支払意思を的確に捉え、その支払意思に応じて、体系的に価格を再設定するための考えかたと手段を持つことです。戦略のない企業は淘汰される可能性があります。今後は、組織としてプライシング戦略を遂行できるか否かが、著しい収益性の差を生むとも言えるでしょう。
Q4 世界の中で、プライシングに長けた企業はありますか?
個人的には、アップルがその例ではないかと思います。アップルのiPhoneは最初のモデルを2007年に出してから、基本的には価格を上げ続けています。私がアップルの価格戦略が優れていると思うのは、価格を上げ続けているかというよりは、むしろその一貫した価格戦略にあります。
アップル製品のアンドロイド端末と比べた場合のグローバルの市場シェアは20%程度といわれています。しかしながら、利益のシェアを見ると、アップルが世界のスマートフォンの実に9割近くを占めているというデータも存在します。現在のスマートフォンの市場は、その市場の定義にもよるかとは思いますが、AppleがiPhoneによって創り出したと言えます。つまり、最初にiPhoneを市場投入した際は、その市場シェアは100%だった。その市場が、現在までの間に、20%程度になっても、アップルは製品の価値や提供するサービスに見合った価格を設定し、収益を刈り取るというプレミアム価格戦略を崩していません。この一貫した価格戦略が、スマートフォン市場の利益シェアの大多数をアップルが占めるという状況を生み出す大きな要因となっていると考えます。
Q5 経営層がプライシングに関与している企業はありますか?
企業のトップの経営者が個別製品の価格設定を直接的に行うことは基本的にはありませんが、全社的な利益改善や値上げの意思決定が必要な場合は、トップ主導で実行されることは多くあります。むしろ、経営者がプライシングに積極的に関与する企業ほど利益率が高い傾向がある、という調査結果もあります。
なお、GEの元CEOであるジェフ・イメルトは、標準価格(リスト価格)からディスカウント価格まで、価格に対してかなり興味を持ち、関与も大きかったと言われています。
Q6 日本企業の利益率が米欧のライバル企業と比べて低い理由はどこにあるのでしょうか?
日本企業が欧米企業と比べて利益率が低い理由の一つとして、自社の価値を十分に訴求できていない、またはその認識が欠けている点があげられます。また、日本では利益拡大のために、まずはコスト削減に動くケースが大半で、利益を構成する要素である「価格」「数量」「コスト」の1つである「価格」に投下するリソースと、プライシングのノウハウが欠如しています。

プライシングこそが収益を最大化する有効な手段であり、その変化が利益に与える影響は非常に大きいにもかかわらず、日本企業はこの点を十分に活用できていません。また、価格交渉においても、日本の売り手は自社製品やサービスの価値を相手に訴求する力が弱く、交渉術や価値訴求の面でも欧米企業に劣る傾向があります。
Q7 日本では、価格設定においては下請け(サプライヤー)が不利な立場に置かれているようにみえますが、彼らがプライシング戦略を活用して適切な価格設定を行うことができるのでしょうか?
一般的には買う側が価格交渉において優位な立場にあるケースは多いと言えます。但し、日本では売る側(サプライヤー)が自身の価格交渉力を過小評価する傾向が強いと思われます。サプライヤーは商品・サービスの提供価値、価格の弾力性、競争環境、技術化の度合い、買う側のスイッチングコストなどを捉えて、価格設定を行うべきです。
また、B2Bの価格交渉においては、買う側の調達部門は価格を引き下げるための交渉戦術に非常に長けていますが、売る側の価格交渉戦術の習熟度は総じてあまり高くありません。サプライヤーが適切な価格設定を達成できるようにするためには、価格交渉の専門的なトレーニングを実施する等、交渉力の向上が不可欠であると考えます。
Q8 日本企業は既存の価格設定のやり方を変えることはできるのでしょうか?
日本企業では、主に「コストプラス方式」(原価に一定の利幅を加える)で価格設定が行われているケースがまだ多く見受けられます。特にB2Bの分野では、設計部門や技術者がコスト積み上げ式で価格を決定する傾向が強くなっています。B2Cの分野でも、競合他社の価格を参考にしつつ、マーケティング部門やプロダクトマネージャーが経験則や感覚的な判断で価格を設定していることが多いです。
旧来のコストプラスや経験則中心の価格設定から、価値ベースや市場・競合・価格弾力性などを考慮した科学的な手法を用いた価格設定に変革することは可能です。弊社でも、実際にコンサルティングを通じてプライシングを最適化し、変革を支援している事例も増えてきました。
価格設定のやり方を変えることで、企業では利益率の向上や収益の最大化といったメリットを得ることができます。特に、顧客価値や競合状況を的確に捉えた最適な価格設定を導入することで、過度なディスカウントや非効率な価格決定を防ぎ、収益改善につなげることができます。
Q9 日本企業へのメッセージ
インフレ時代に突入した日本企業には、値上げを含む価格改定は避けて通れない状況にあります。今後はこの価格改定(値上げ)をやりきる組織力の有無が、企業の収益性に大きな差を生むとみています。価格改定は単なる値上げではなく、企業が収益拡大のチャンスを得るための重要な取り組みです。値上げを現場任せにせず、全社的な仕組みや体制を整え、経営陣がコミットして組織的に実行することが重要です。
アリックスパートナーズは、価格改定からディスカウントの最適化まで、組織的なプライシング戦略の策定と実行を、実践的かつ体系的に支援し、貴社の収益改善および拡大に貢献いたします。
