絶対に失敗できない、そのときに。
M&Aや事業再編の局面で、どのように企業価値を守り、成長を実現するのか。
「企業価値向上に資するキーワード」を熟練の実務家パートナーたちがQ&Aで紐解きます。

第2回は、業界再編やグローバルの競争戦略の成否を左右する「経済分析」について、公正取引委員会での実務経験を持つ当社パートナーの福永啓太が、その重要性と実践方法を解説します。

【この記事のポイント】
・データに基づく客観的な説明を求める規制当局の姿勢が強まり、独禁法クリアランスにおける経済分析の重要性が飛躍的に高まっている。経済理論とデータに基づき、市場への影響を客観的に立証する「経済分析」が、規制当局との建設的な対話に不可欠な共通言語となる。

・難度が高い業界再編やクロスボーダーM&Aの増加により、各国規制当局の異なる審査基準に対応するための精緻な経済分析が、M&A案件の成否を左右する。

・プロジェクトを成功させる鍵は、当事会社・弁護士・エコノミストが早期から緊密に連携し、規制当局の懸念に一貫性を持って対応できる体制を整えることである。


Q1 経済分析とは何か。どのような状況で企業は経済分析を活用するのか?

経済分析コンサルティングとは、経済学の知識に基づくコンサルティングであり、企業活動が市場や顧客に与える影響を「経済理論とデータ」で可視化する手法です。企業が意思決定や規制当局との対話を行う際の、いわば共通言語になります。

経済分析コンサルティングが活用される局面は、大きく分けて2つあります。

1つ目は、M&Aや事業提携などにおける独占禁止法への対応、いわゆる「独禁法クリアランス」です。例えば、同業他社との企業結合を計画する際に、それが市場の競争を実質的に制限しないか、という点が独禁法上の大きな論点となります。経済分析コンサルティングでは、経済学の理論と統計的な手法を用いて、企業結合によって価格が不当に引き上げられたり、製品の品質やイノベーションが損なわれたりする懸念がないことを理論的・定量的に分析し、公正取引委員会などの規制当局に対して論理的に説明するサポートを行います。

近年では、M&Aにおける独禁法クリアランスの場面で経済分析の重要性がますます高まっています。公正取引委員会をはじめとする世界の規制当局が、根拠を伴わない定性的な説明や一般的な市場に関する情報、業界知識などに基づく主張を行うだけでは納得せず、データに基づいた客観的な証拠(エビデンス)を求める姿勢を鮮明にしているからです。そのため企業側も、当局との建設的な対話を行うためには、経済分析という共通言語を用いて自社の主張を裏付けることが不可欠になっています。

2つ目は、訴訟や国際仲裁といった企業間の紛争解決の場面です。例えば、カルテルや特許侵害といった違法行為によって金銭的な損害が生じたと主張される場合、その損害額を経済学的なアプローチを用いて客観的に算定するサポートを行います。具体的には、特定の行為がなければ得られたであろう利益(逸失利益)を損害額として推計する、といった分析を行います。こうした場面で、経済モデルや統計的手法を用いた経済分析が、客観的で説得力のある損害額を算定するための基礎となります。

Q2 業界再編の文脈において、どのような状況で企業は経済分析の活用を検討すべきですか?

日本では人口減少と国内市場の成熟化を背景に、自動車部品、製薬、小売といった様々な業界で、生き残りをかけた業界再編、特に水平統合(競争者同士の統合)が活発化しています。元々プレイヤーが少ない寡占市場においても、さらに事業者数を減らすようなダイナミックな再編が増えており、これらは公正取引委員会から「競争を著しく阻害するのではないか」という厳しい視線が向けられがちです。そのため、独禁法クリアランスの観点では、従来に比べて難度が格段に上がっている案件が目立ちます。

こうした難度の高い案件では、規制当局は「統合が市場価格や消費者の選択肢に与える影響」をより厳密に評価しようとします。そのため、客観的なエビデンスの重要性が増し、経済分析の有用性が一層高まっているのです。独禁法の世界に限らず、世の中全体の流れとして、あらゆる分野でエビデンスを重視する傾向が強まっていることや、企業が保有するデータの量と質が飛躍的に向上したことも、こうした動きを後押ししています。

さらに、国境をまたぐグローバルな再編が増加しています。日本企業同士の統合であっても、双方が世界各国でビジネスを展開していれば、日本の公正取引委員会だけでなく、米国や欧州など複数の競争当局からもクリアランスを得る必要があります。市場状況が各国で異なるだけでなく、各国の法制度や審査の観点も微妙に異なり、ある国では無条件で認められても他国では問題視されるケースも少なくありません。対応の難度は足し算ではなく掛け算的に上がっていくため、経済分析の面でも、グローバルで一貫性を保ちながら、各国の懸念にも的確に応える緻密な戦略が不可欠となります。

Q3 独禁法クリアランスのプロジェクトを成功に導くためのポイントは?

独禁法クリアランスの鍵は、究極的には規制当局とのコミュニケーションです。したがって、当局がどの点を競争上の懸念として捉えているのかを正確に理解し、その懸念を払拭するための明快な説明を構築できるかが極めて重要になります。私たちは経済分析サービスを提供していますが、その本質は、データという客観的な根拠に基づき、規制当局との最終的な合意形成に向けた円滑なコミュニケーションを支援することにあると考えています。

このプロセスを成功に導く上で最も重要な要因は、クライアントである「当事会社」、代理人である「弁護士」、そして私のような「エコノミスト」という三者の強固な連携体制です。このトライアングルが三位一体となって機能するかどうかで、プロジェクトの結果が大きく左右されると日々実感しています。この連携のどれか一つが欠けても、最適な結果は得られません。

とりわけ、経営層を含む当事会社の主体的なコミットメントは成功の条件です。担当者の方々は日常業務に加えて膨大なデータ準備対応やヒアリング対応に対応する必要があり、多大なご負担となりますが、ここでの協力なくしては、規制当局を説得するエビデンスは構築できません。M&Aの初期段階から弁護士に加えてエコノミストが関与し、潜在的な独禁法上のリスクを事前に評価する環境が理想的です。

Q4 これから経済分析の活用を検討する企業へのアドバイスは?

多くの企業にとって、独禁法クリアランスにおける経済分析は馴染みのない未知の領域でしょう。わからないことは何でもエコノミストに聞いていただければ幸いです。「なぜこのような複雑な分析が必要なのか」「この分析結果は本当に当局に受け入れられるのか」といった根本的な問いから、どんな些細なことでも遠慮なくご質問いただきたいです。私たちはその一つひとつに丁寧にお答えし、当事会社であるクライアントが腹落ちするまで対話を重ねることを信条としています。

その上で、ご納得いただけたら、高度に専門的な分析手法やモデル構築の部分は専門家であるエコノミストをご信頼いただき、役割を任せていただく。ただし、分析の前提となるビジネス上の仮説については、現場の知見を持つ当事会社の皆様による検証が不可欠です。専門家と当事会社、弁護士が適切に役割を分担し、緊張感を持って並走する体制の構築こそがプロジェクト成功の鍵だと捉えています。

経済分析は、もはや一部の特殊な案件で使われる難解なツールではありません。企業の将来を左右する業界再編やグローバルな競争戦略において、客観的なエビデンスに基づいてステークホルダーと対話し、自社の正当性を主張するための、いわば「経営基盤」です。

Q5 どのようにプロジェクトが進むのか、具体的なイメージを知りたい。

私たちアリックスパートナーズが手掛ける経済分析の支援では、「丁寧な初期ヒアリング」から「当局との最終的な対話」まで一貫して伴走します。典型的なプロジェクトは、以下のような段階的なフェーズで進めていきます。

フェーズ0:初期相談
まず、企業から案件の概要や課題について初期的なご相談を承ります。この段階は、私たちが状況を正確に理解するための重要なステップで、競争の実態や案件の性質について当事会社から情報をヒアリングさせて頂きます。その上で、提供可能なサポートの選択肢、分析手法やアプローチの概要、そして概算コストについてご提案します。クライアントが内容を把握し、十分にご納得いただけるまで、丁寧なコミュニケーションを重視しています。

フェーズ1:基礎情報の収集と分析計画の立案
プロジェクトが正式に始動すると、まず分析の基礎となる情報やデータの収集を行います。当事会社の関係者にご協力いただき、内部データや、市場調査レポートなどの外部情報を共有いただきます。それらに基づき、アリックスパートナーズ側でどのような分析手法が適用可能かを具体的に検討し、詳細な分析計画を策定します。

フェーズ2:分析の実施とロジックの精緻化
収集した情報やデータを用い、計画に基づいた経済分析を実施します。分析から得られた初期的な結果(インプリケーション)に基づき、どのような主張が可能になるかを、当事会社、弁護士、エコノミストの三者で多角的に議論します。ここでは、主張の強みと弱みを客観的に評価し、想定される反論への備えも含めて、規制当局に提出するロジックを精緻に構成していきます。

フェーズ3:当局への提出と対話
最終的に、経済分析レポートとしてまとめた主張を、弁護士を通じて規制当局に提出し、本格的な審査プロセスを開始します。多くの場合、規制当局側からも独自に行った経済分析の結果や質問が提示されるため、それらに対して追加の分析を行い、説得力のある反論や補足説明を迅速に行っていきます。この緊密な対話を通じて、最終的なクリアランス獲得を目指します。

Q6 アリックスパートナーズの経済分析は、他のコンサルファームとどこが違うのか。 

私たちの最大の特徴は、グローバルなワンファームであることです。そのため、世界各国のコンサルタントやエコノミストがシームレスに連携できる業界でも唯一といってよい体制が強みです。

日本企業が関与するクロスボーダー案件は今後も増え、複数の国・地域で同時に規制当局の審査を受けるような難度の高いプロジェクトも増加するでしょう。もし日米欧の企業が関わるようなM&Aであれば、世界各地の拠点に在籍するエコノミストが即座に一つのチームを組成します。各当局の審査傾向や判例を熟知した専門家が連携することで、各国の規制をクリアするための緻密な戦略を立案・実行でき、複雑な案件において迅速かつ効率的なサポートを可能にすると自負しています。

当局の規制や訴訟への対応など、企業の将来を左右しかねない重大局面において、経済分析は客観性と説得力をもたらす強力な武器となります。失敗が許されない場面でお困りの際には、ぜひご相談ください。私たちアリックスパートナーズのグローバルな知見と深い専門性を活かし、複雑なデータを明快な示唆に変え、皆さまのビジネスを成功に導くサポートをさせていただきます。