アリックスパートナーズの米国小売業界のシナリオ予測では、「AIによる意思決定の高度化と自立化への模索」「リアル店舗の再定義」「資本効率を重視した選択的M&A」といった潮流が鮮明になっています。

では、これらのトレンドは日本市場においてどのような意味を持つのでしょうか。人口減少による市場縮小、人件費や原材料費の高騰、テクノロジーの急速な進化という構造的課題に直面する日本の小売業界に、米国のデータを当てはめてみると何が見えてくるのか。

小売・消費財プラクティスの日本共同リーダーである江川に、米国との比較を軸に日本の現状と今後の道筋を聞いてみました。

 

米国の小売業のシナリオ

AI活用の進展

  • 現状のAI投資は在庫管理や需要予測などバックオフィス業務に集中し、顧客体験向上への活用は限定的。複雑な投資対効果を伴う大規模システム投資ではなく、短期パイロット型が主流になっている。
  • エージェンティックAIは引き続き注目分野であるものの、業界全体への本格的インパクトは2030年まで長期化する見込み。
  • 2030年に向けて、効率性やサプライチェーンに強みを持つ企業はAI活用で優位に立つ可能性がある。一方で、感情的なつながりやアップセル(客単価向上)に依存する企業は、価格競争力の低下に直面するリスクがある。

体験型店舗への投資と資本制約

  • EC市場の伸長の鈍化に伴い、2026年はリアル店舗の体験価値が再評価され、店舗同士のシェア争いが本格化する見込み。
  • プライベートブランドを選ぶ顧客が増加傾向(32%から47%に増加)にあり、「宝探し」型体験で集客を拡大している。例えば、食料品チェーンTrader Joe'sは来客数6.2%増(業界平均1.2%増)を記録。
  • 体験型店舗は単独収益化まで3~5年要する場合が多く、黒字化は限定的。店舗への大規模投資はサプライチェーン、AI、ラストマイル効率化などへの投資とトレードオフであるため、パイロット店舗や短期リース、ポップアップなど限定的な取り組みが主流になる。

M&A

  • オーガニック成長が難しい環境が続き、M&Aやジョイントベンチャー、特殊目的会社(SPV)などによる非連続成長への期待が高まっている。
  • インフレ率の見通し次第で、資本コストやディール成立の可否が大きく左右される。インフレが落ち着けばM&Aや資産最適化が進む一方、インフレ高止まりの場合は取引の難易度が上がり、財務リストラクチャリングやバランスシートの柔軟性がより重要になる。
  • 新たな地域への進出、新しいカテゴリーへの拡大、さらなる物理的資産の獲得が目的であった小売り業界の従来のM&Aモデルに加え、良い資産や機能だけを取得し、悪い資産は避ける「選択的M&A」への変化が見られる。

 

AI活用:米国は「顧客体験」を見据え、日本は「オペレーション効率化」に留まる

――日本のAI活用の現状と、大きなポテンシャルがある領域はどこにあると見ていますか?

AIの活用は、小売業界の未来を左右する重要な要素ですが、その活用法には日米間には明確なコントラストが見られます。

米国のAmazonやウォルマートといった巨大プレイヤーは自らAIを開発し、顧客体験の高度化にも重点的に投資しています。独自の接客AIを導入するなど、顧客とのエンゲージメント強化にAIを活用する向きが強いです。オペレーションの効率化に加え、顧客体験にも積極的に踏み込んでいます。米国の調査でもAI活用の成熟度が高いと答えた経営者は32%に留まっており、業界全体としてはまだ発展途上にあります。それでも、活用の方向性としては顧客側への投資が明確に意識されています。

一方、日本の小売業が直面しているのは、労働人口の減少、それに伴う人件費の上昇、そして足元の収益性改善という三重苦から、生き残りに直結する課題です。そのため、日本におけるAI投資はまず「オペレーションの効率化」に向けられる傾向が強いです。

そうした文脈で、日本のAI活用として大きなポテンシャルを持つのが「分散型意思決定の効率化」です。日本の小売業は構造的に意思決定が極めて分散しており、ここにAIが効く余地が大きいからです。

小売業においては、意思決定が非常に分散していることが大きな課題となっています。本部がマーチャンダイジングの方針を決定する一方で、企業はバリューチェーン全体を自らコントロールしており、上流から店舗に至るまで、どこに在庫を持つのかといった判断も含め、意思決定は多層的に存在しています。さらに店舗レベルでは、棚割りや発注、値引きの判断、シフト調整、売場レイアウトといった日々の重要な判断が、各店舗、さらには売り場単位で行われているのが実情です。

これらの判断の多くはデータに基づいて体系的に行われているわけではなく、現場の担当者の経験や感覚に依存しているケースも少なくありません。例えば、生鮮食品スーパーの夕方の値引きシールを貼るタイミングや割引率は、パート従業員の判断に委ねられているケースがその典型です。意思決定が属人化することで、全社としての最適化が難しくなるだけでなく、判断の質やスピードにばらつきが生じやすいという課題も生まれています。小売業における収益性やオペレーション効率の改善を考える上で、この分散した意思決定構造そのものが重要なボトルネックとなっているのです。

こうした、従来は属人的で精度を欠きがちだった意思決定をAIによってデータに基づき精緻化するだけでも、ボトムライン(最終利益)に大きなインパクトが期待できます。

さらに、こうしたAI活用を現場レベルまで広げる上で、生成AIの存在が大きな鍵を握ります。専門的なコードを書く必要があったAIのコントロールが自然言語で可能になるため、ITリテラシーが高くない企業でも活用しやすくなります。また、メーカー、卸、小売、物流とバリューチェーンごとにプレイヤーが異なり、システム連携が困難という日本特有の問題に対しても、異なるシステムプロトコルを持つAI同士の対話を生成AIが仲介することで、この壁を乗り越える一助となるでしょう。

 

「選択と集中」が急務に。3つの類型に見るアプローチ

――アメリカでは、店舗への投資、サプライチェーン強化、オムニチャネルなど、どこに資本投下するか企業が模索しています。日本企業が資本配分を考える上で、まず何を問い直す必要がありますか?

人口減少により市場そのものが縮小する中、日本の小売企業の経営者には新たな収益源泉をどこに求めるのか、そして資本をどこに投下すべきかという、厳しい選択を迫られています。

まさに今、自社が「どの領域で価値を生み出し、どの領域を捨てるのか」を明確に見極め、儲からない事業からは撤退するという判断が不可欠です。

日本の小売業を以下の3つの類型に分けたとき、それぞれが取るべき戦略は異なります。

  1. 生活全体支援型

    多角化を進めてきた巨大企業グループ。今後はノンコア事業を整理し、事業ポートフォリオをスリム化していく動きが加速するでしょう。

  2. 専門店スケール型

    特定の領域に特化し、規模を拡大してきた企業。グローバル市場で戦うため、自社の強みをさらに強化する分野への集中的な投資を続けると考えられます。

  3. 中小規模プレイヤー

    資本力や事業規模で劣る企業。多くは単独での生き残りが難しく、今後は大手プラットフォームへの参画、あるいは特定の機能を武器とした出口戦略を含めた再編の対象となっていく可能性が高いと見られます。

 

M&Aの潮流:「選択的M&A」が広がる米国に対して、日本で加速する3つの波

――米国では「良い資産だけを取得し、不採算事業は避ける」といった選択的M&Aの増加が予想されています。2026年以降、日本における統合や再編の見通しは?

事業の「選択と集中」の流れは、必然的にM&Aの活発化につながります。

金利上昇という逆風はあるものの、それを上回る要因から、以下の3つのトレンドの業界再編が加速すると予測します。

  1. ノンコア事業のカーブアウト(事業の切り出し・売却)

    コングロマリット型企業が、収益性や成長性の観点から中核ではないと判断した事業を切り離し、売却する動きです。事業ポートフォリオをスリム化する動きです。

  2. ロールアップ型の集約(同業他社の買収・統合)

    原材料費や人件費の高騰で収益が圧迫され、単独での経営が立ち行かなくなる中小型企業が増加します。これらの企業を、財務体力のあるプレイヤーが吸収・統合していく再編が進みます。

  3. 外資による買収

    こうして生まれるノンコア資産や再編途上の企業群は、海外投資家にとって魅力的な投資対象となります。特に円安環境下では、プライベートエクイティ(PE)ファンドを中心とした外資にとって、日本企業を割安に取得できる好機です。

これら3つの動きはいずれも、財務体力のある企業とそうでない企業の差を広げる方向に働きます。その結果、投資余力があり健全な財務体質を持つ「勝ち組」と、そうでない企業との二極化がさらに鮮明になっていくでしょう。自社の強みを磨き、事業ポートフォリオを最適化し、来るべき業界再編の波を乗りこなせるか。今、各社が下す戦略的な舵取りが、数年後の企業の未来を左右することになるでしょう。

 

アリックスパートナーズのノンコア事業支援

業界再編が加速する中、多くの企業が「どの事業を残し、どの事業を手放すか」という判断を迫られています。アリックスパートナーズでは、ノンコア事業の扱いに悩む企業に対し、改善(Fix)・売却(Sell)・撤退(Close)という3つの選択肢を組み合わせながら、状況に応じた最適な支援を一体的に提供しています。

こんな課題を抱える企業に対して:

  • 中長期戦略の見直しに伴い、事業ポートフォリオの再整理が必要になっている
  • 規模が限定的な事業が、経営資源配分の観点で重荷になっている
  • 海外拠点・非中核領域における業績の不確実性が続いている
  • 既存技術やビジネスモデルの競争力が低下してきた
  • 過去に事業売却や撤退を検討したものの、実行に至らなかった

主な支援メニュー:

① 事業・資産の売却(Divestment)

売却を前提とした戦略整理と価値向上施策の検討から、取引スキームの設計、カーブアウト(事業の切り出し)・売却プロセス全体のマネジメントまでを支援します。

② 事業撤退(Wind-down/段階的縮小)

従業員・関係者との協議・調整、人材の再配置や段階的な人員整理、設備・拠点の整理・処分まで、撤退プロセス全体を支援します。

③ 再編・業績改善(Restructuring / Performance Improvement)

全体像を踏まえた業績改善・再生プログラムの設計と実行、短期的な損失拡大リスクへの対応、事業構造・運営モデルの見直しを行います。

これら3つの選択肢は個別に提供するものではなく、企業の状況に応じて組み合わせながら検討・実行することが可能です。