Kazuto Yamashiro
絶対に失敗できない、そのときに。
資本市場や株主からのプレッシャーが高まり、収益性の改善が厳しく問われる局面で、企業価値を高め、成長を実現するために何が必要なのか。
本シリーズでは、「企業価値向上に資するキーワード」を熟練の実務家パートナーたちがQ&Aで紐解きます。
第4回は、インフレの長期化で重要性が高まる「値上げ」を取り上げます。プライシングの第一人者である当社パートナー&マネージングディレクターの山城が「正しい値上げ」の考え方と実践的な進め方を解説します。
【この記事のポイント】
- 値上げは、単なるコスト転嫁ではなく、顧客の支払い意思に応じた「価格最適化」である。
- インフレに負けない値上げの成否は、「ターゲット設定」「ロジックと交渉設計」「組織的な仕組み」で決まる。
- 値上げを成功させるには、戦略立案だけでなく、現場に入り込んだ実行まで一体で進めることが重要である。
Q1 「正しい値上げ」とは何か?
「正しい値上げ」とは、単にコストを補填する行為ではなく、顧客の「支払い意思」に応じて価格を最適化することです。コスト上昇分の転嫁は、企業存続のための必要最低限の条件とも言えます。そこに留まる限り、利益は改善しません。
価格を最適化するには、主に2つの観点があります。
1つ目は「製品ごと」の価格最適化です。製品の技術的優位性や顧客の支払い意思、競合状況といった要素を体系的に評価し、値上げ幅に差をつけます。
2つ目は「顧客ごと」の価格最適化です。特にBtoBでは、顧客の支払い意思と自社の利益率を考慮し、個別に値上げ幅を決定します。
単なるコスト転嫁では、収益性は本質的には変わりません。顧客の支払意思に沿うかたちで、「誰に・何を・いくらで売るか」を設計し直したときに初めて、利益は改善します。
Q2 値上げにおける典型的な失敗例は?
値上げの失敗には、典型的な4つのパターンがあります。
最も良くない失敗は、失注を過度に恐れて値上げ自体をためらい、「何もしない」ことです。
次が、全製品・全顧客への「一律値上げ」です。
3つ目は、製品やサービス毎にそのコスト上昇分のみを価格転嫁するにとどまるケースです。
4つ目は、コスト上昇分を超えた値上げを企図するものの、値上げの額を現状の製品やサービス毎の利益率の高低だけを基準に決めてしまうケースです。これは自社にとっての値上げの必要性だけを重視し、「顧客の支払い意思」という重要な視点が欠けているためです。
これらの背景にあるのは、値上げの方法論が社内に蓄積されていないことです。多くの日本企業は、プライシングによって収益を最大化する意識がまだ低いのが現状です。長年続いたデフレの影響で本格的な値上げ経験が乏しく、価格引き上げへの社内の抵抗感が強いことから、失敗を恐れて値上げをしないか、実行しても短絡的な手法に頼る傾向があります。
インフレ環境下では、原材料・人件費の上昇がマージンを継続的に圧迫しており、どの企業も値上げを迫られています。こうした環境では、値上げ戦略の巧拙が中長期の収益性だけでなく、競争優位そのものを左右します。
Q3 インフレに負けない値上げをするためのポイントはあるか?
インフレに負けない値上げを実現するためには、大きく3つのポイントがあります。
第一に、的確なターゲット設定です。インフレが顕在化してからの値上げでは、対応が後手に回り、競争力や利益を損なうため、将来のコスト上昇を予測し、それを織り込んだ値上げ目標を先に設定する必要があります。市場の変化に対して先制的に行動することが鍵となります。
第二に、ロジックと交渉設計です。値上げの妥当性を裏付ける客観的なデータや資料を整え、顧客から想定される反論を予測し、顧客を納得させる説明を準備する必要があります。同時に、顧客セグメント別・取引内容別に交渉戦術をあらかじめ設計しておくことが重要です。特にB2Bでは、営業担当者の価格交渉スキルが成果を大きく左右するため、「高く売る」ためのトレーニングを行い、説得性のあるコミュニケーションと理由付けで顧客を納得させる力を養うことが不可欠です。
最後に、組織的な仕組みの設計です。 値上げを現場任せにせず、組織として再現性高く実行できる仕組みを整える必要があります。値上げ交渉という困難な業務に携わる担当者に対し、金銭的・非金銭的なインセンティブ(表彰など)の設計を通じて現場の動機付けを行うとともに、経営トップが値上げの重要性を全社に発信することで、組織全体が値上げ実行の必要性を理解し、一体となって取り組む体制を構築することが重要です。
Q4 具体的には、どのような手順で進めていけばよいのか。
私たちは、大きく6つのステップで進めていきます。

Q5 具体的な事例について教えてください。
販売数量を維持したまま、利益率を十数%改善した、大手産業材メーカーのアフター・セールスの事例をご紹介します。
収益性改善のための一つの施策として本社主導でプロジェクトが始動しました。プロジェクト当初、現場としては「もう十分やっているから、これ以上は無理だ」、「これ以上の値上げを実施すると、大幅に販売数量と売上を失う」といった声があり、プロジェクトは何とかスタートしたものの、プロジェクトの実施には非協力的で、必要なデータ収集さえなかなか進まない状況でした。
成功の鍵になったのは、そういった環境の中でも苦労して実施した価格診断でした。この価格診断では、データ分析とインタビューから課題を洗い出し、利益改善の見込みを定量的に示しました。このケースでは、交換部品の価格設定が価格感度や代替品へのスイッチングリスクを考慮しない、画一的なコストプラスの手法で設定されていただけでなく、部品交換の「役務(作業費)」の価格設定に大きな問題があり、「やればやるほど赤字になる取引」が多数存在しました。この原因のひとつは、ずさんな作業時間の見積もりなど、複数の問題が絡み合っていました。
客観的なデータに基づく価格診断により課題の深刻さが明らかになり、利益改善の余地も定量化されたことから、現場の認識が大きく変わり、価格改定を実行しました。実行前は販売数量の減少や顧客離反などの懸念もありましたが、製品に対する価格感度に応じて緻密な価格改定を行ったことにより、販売数量を維持したまま十数パーセントの大幅な利益改善を達成できました。
Q6 なぜ外部のアドバイザーを検討すべきなのか?
特に、社内で価格に関する意思決定がまとまらない場合や、値上げの進め方に確立された方法論がない場合には、外部アドバイザーの活用が有効です。
多くの企業では、プライシングに関するノウハウが十分に蓄積されておらず、手探りで進めざるを得ないのが実情です。そのような状況で社内だけで試行錯誤を重ねるよりも、経験豊富な専門家の知見を活用する方が、確実かつ迅速に成果につながります。
また、値上げの実行にあたっては、営業部門をはじめとする現場との協働体制が不可欠です。組織全体で共通の課題認識を持ち、各ステークホルダーが納得したうえで進めることが、実行力を大きく左右します。こうした局面では、外部の客観的な診断が課題を明確にし、社内の合意形成や意思決定を後押しします。
まずは専門家の支援のもとで成功体験を積み、その後にノウハウを社内に蓄積し、内製化していくのが現実的なアプローチです。
なお、外部アドバイザーを選定する際には、プライシング領域における実績、特に担当者個人の経験値が重要な評価軸となります。特にB2Bにおいては、戦略立案にとどまらず、値上げ交渉の現場まで踏み込んだ実践的な「実行支援」ができるかを慎重に見極めるべきです。
Q7 アリックスパートナーズならではの値上げの支援とは?
アリックスパートナーズの強みは、大きく2点あります。
一つ目は、プライシングの領域で国内外において多くの実績を積んできた点です。変革の勘所や定量的なベンチマークデータを社内に豊富に有しており、例えば数週間という短期間で企業の状況を診断するクイックスキャンが可能です。また、アリックス独自の方法論を用いれば、これまでの経験とベンチマークデータに基づき、プライシング改善により、どの程度利益改善を期待できるかを算出可能です。
もう一つの強みは、数々の難局における事業再生を出自とするファームとして培ってきた、「短期間で目に見える成果を出す」という実行力です。企業の変革を成功させるためには、明確な目的意識に基づき、社内外の関係者を巻き込んで組織一体で進めることが不可欠です。私たちは、戦略を「絵に描いた餅」で終わらせず、現場に深く入り込み、クライアントと一体となって成果を出します。単なるアドバイスにとどまらず、必要に応じて困難な交渉の最前線に立つこともあります。また、少数精鋭のシニアなプロフェッショナルが、スピード感を持って企業の変革を最後まで支援し抜きます。この「結果にコミットする姿勢」こそが、短期間で目に見える企業価値向上を実現してきた私たちの真価だと考えています。
