1. 本稿の目的
移転価格税制への対応において、納税者側と税務当局側の主張が割れやすく、金額的インパクトも大きくなりがちなケースとして、マーケット・プレミアムやロケーション・セービング等の現地市場固有の特性 (Location-specific advantages:LSA)が争点になるケースが挙げられる。
検証対象企業の利益率が独立企業間レンジ外となった場合に、その理由としてLSAに基づく主張を考える納税者は多いと思われるが、いざ具体的な主張を構築しようとすると、定性的な説明しかできなかったり、直接性に欠ける材料しか見当たらなかったりと、説得力を欠く説明しかできないことが多い。
例えば、筆者が支援した複数の企業では、グループ全体の利益率が低い、または、赤字であるにもかかわらず、特定地域の子会社においては利益率が非常に高いという状況が見られた。企業の税務担当者は、このような状況についての背景事情や理由に関して定性的な説明を試みるものの、それを裏付ける定量的な資料や分析を欠き、想定される税務当局からの反論に耐え得る主張を構築できないケースが多い。
本稿では、LSAに基づく主張を行う際の重要なポイントとなる、客観的かつ合理的な定量化の手法について説明する。一例として、会社内部の売上・利益に関するデータに基づき、回帰分析と呼ばれる統計的なアプローチでマーケット・プレミアムを算定する手法を使用したケーススタディを取り上げる。
1.2. 比較可能性の差異調整のための
LSA の定量化2017年版「発展途上国のための移転価格実務マニュアル」(国連マニュアル)は、LSA の定義として以下の 5 つを挙げている:
- 高度な専門的スキルを有した労働力および専門的知識
- 拠点が現地成長市場へ地理的に近接していること
- 購買力が高い大手顧客のベース拠点
- 整備されたインフラ
- マーケット・プレミアム
国連マニュアルでは、LSA はロケーション・セービング(現地市場から追加的に得られるコスト・セービング 1)とその他現地市場固有のベネフィット(現地市場から追加的に得られる利益、または、ロケーション・レント)の正味価値として測定されると定義している。
2017 年版 OECD 移転価格ガイドライン(OECD ガイドライン)では LSA を明確に定義していないが、ロケーション・セービングおよびその他現地市場の特性について言及している。一義的にはこれらの要因は比較可能性の検討要素として議論されており、LSA が比較可能性に重要な差異をもたらすのであれば、比較可能性を高める信頼性の高い手法により、当該差異を調整すべきとしている。2,3
それでは、OECD ガイドラインが定める、比較可能性を高める信頼性の高い LSA の評価手法としてどのような手法が考えられるだろうか。その一例として、LSA のうちマーケット・プレミアムについて、回帰分析により定量的に分析した事例を紹介する。
の事例 9)において回帰分析が使用されている。その他、消費者向けeコマースの取引実態に関する調査報告書(平成 31 年 1 月公表)、クレジットカードに関する取引実態調査報告書(平成 31 年 3 月公表)等、取引実態に関する調査において回帰分析が活用されている。
回帰分析は学究的な分析において広く用いられているだけでなく、税務を含む規制・訴訟の実務においても用いられている、確立された分析手法である。米国の事前確認制度では、比較可能性の差異を回帰分析により調整する手法が納税者側から提案されるケースがしばしばある。4 また、米国における研究5 では、税務関連の訴訟において回帰分析を適用した証拠が主張された判例が、データベースから検出されたもので約 100 件に上った。
我が国の裁判においては、税務訴訟ではないが、インテリジェンス株式買取価格申立事件の高裁判決で回帰分析が証拠として採用された。同裁判で東京高裁は、「回帰分析の手法は、その精度について客観的な検証が可能であり、科学的根拠に基づく合理的手法である。」と述べた。6 その他、独占禁止法の執行機関である公正取引委員会は、回帰分析を含めた経済分析を実務で活用している。7
回帰分析については、同じデータ、同じ方法を用いて実施すれば誰が行っても同じ結果が得られるため、再現性があり検証可能性が高いという特長を有しており、OECD ガイドラインのいう、客観的な評価ができる信頼性の高い調整手法の一つであると考えられる。よって、LSA から生じる比較可能性の差異の調整という問題に直面している納税者は、回帰分析の活用も視野に検討すべきだろう。
記事は続く