1. はじめに

2019年(令和元年)12月17日に公表された企業結合審査に関する独占禁止法の運用指針(以下「企業結合ガイドライン」)の改定版において、垂直型企業結合審査の基本的考え方が大幅に拡充された。垂直型企業結合により生じ得る川上市場又は川下市場における排他性や閉鎖性が懸念される状況について、図を交えながら説明されており、垂直型企業結合の事例が蓄積するなどして議論が深まってきたことが窺われる。1

本ニュースレターでは、垂直型企業結合における単独行動による競争の実質的制限につながり得る行為のうち、供給拒否等と購入拒否等についてポイントとなる点を説明した上で、競争制限の程度を評価する定量的なアプローチについて説明する。また、2020年6月30日に公表された米国の垂直型企業結合ガイドラインで競争を促進し得る要素として明示された二重マージンの解消について、我が国の企業結合審査においてどう具体的に主張し得るかも併せて説明する。

 

2. 垂直型企業結合は競争を制限し得るのか:排他性・閉鎖性の考え方

水平型企業結合と異なり垂直型企業結合では審査の対 象となる市場が川上市場と川下市場の2種類あり、ガイ ドラインにおいては川下市場と川上市場のそれぞれに ついて競争制限が生じる場合が説明されているが、そ の考え方は共通している。すなわち、企業結合当事会 社 (以下「当事会社」)が、企業結合後に商品の供給の 拒否や競争上不利な条件での取引を行うことといった 閉鎖・排他行為を行うことにより、競合他社の競争力 が減退し、これら競合他社が川上市場や川下市場から 退出し、又はこれらの競合他社からの牽制力が弱くな る場合である。

以下では、川下市場においてD1社とD2社が競争し、川 上市場においてU1社とU2社が競争している状況におい て、D1社とD2社はU1社とU2社から中間財(商品)を購 入し2、それを使用してそれぞれの顧客に自社の商品を 販売していたところ(上図参照)、U1社とD1社が企業結 合する状況を題材として(企業結合後における企業結 合当事会社をUD社)、川下市場と川上市場において 競争制限の懸念が生じる理由について説明する。

2.1 川下市場

企業結合後の川上市場において、UD社がD2社への中間財の販売を停止し、又は、販売価格を引き上げる等D2社に とって競争上不利な条件での取引(ガイドラインでは「供給拒否等」)を行うことにより、UD社に対するD2の競争力 が失われる可能性がある。その結果、UD社による顧客への販売価格の引き上げ等が懸念される。

2.2 川上市場

競争の制限が懸念される主な市場が、顧客に販売する川下市場から中間財を販売する川上市場に移るのみで、考 え方は川下市場における競争の制限と同様である。

企業結合後の川上市場において、UD社がU2社から中間財の仕入れを拒否又は競争上不利な条件での取引(ガイド ラインでは「購入拒否等」)を行うことにより、UD社に対するU2の競争力が失われる可能性がある。その結果、UD 社によるD2への販売価格の引き上げ等が懸念される。

3. 競争制限についての経済分析:閉鎖・排他行為のインセンティブの評価方法

垂直型企業結合は、水平型企業結合と異なり同一の市場における競争相手を減少させる訳ではないにもかかわら ず、競争を制限し得ると考えられている根拠については上記のとおりである。では、どのような場合に上述した垂直型企業結合による弊害が生じやすいと考えられるだろうか。ガイドラインは閉鎖・排他行為を行う能力と経済的インセンティブの観点からこれを説明している。

このうち、閉鎖・排他行為を行う能力については、競合 他社が当事会社による閉鎖・排他行為に直面した際代替的な取引先に切り替えることの難易度が問題とされている。取引先の切り替えの難易度については、例えば投入物閉鎖の場合には、代替的な取引先が十分な供給余力を有しているか、そして投入物の切り替えを行う に際して技術的な問題などがないかといった点が考慮される。

経済的インセンティブに関しては、閉鎖・排他行為が当 事会社の利益に与えるマイナスの効果とプラスの効果の バランスが考慮される。垂直型企業結合後において当事会社が競合他社に対し閉鎖・排他行為を行う場合、統合前には競合他社との取引から生まれていた利益を犠牲にすることになる(利益にマイナスの効果)。

一方 で、閉鎖・排他行為によって競合他社の競争力が減退すれば、当事会社の利益が増す可能性がある(利益にプラスの効果)。前者の、利益にマイナスの効果が、後者の、利益にプラスの効果を上回れば、当事会社は統合後に閉鎖・排他行為を行うインセンティブを有さないと判断される。逆に、後者が前者を上回れば、当事会社は統合後に閉鎖・排他行為を行うインセンティブを有することになる。

本節では、閉鎖・排他行為を行うインセンティブを定量的に評価する経済分析の手法を紹介する。具体的には、川下市場における閉鎖性・排他性を題材に、上記の想定の下で垂直計算(Vertical Arithmetic)と垂直GUPPI(Vertical GUPPI、vGUPPI)の考え方を説明する3

状況をイメージしやすいように、ネオジム磁石合金を製造販売する川上企業U1と、ネオジム磁石合金を使用してネオジム磁石を製造販売する川下企業D1が統合し、統合企業UDが川下の競合他社に実施する供給拒否等が投入物閉鎖となり得るか否かを題材にする。4

3.1 垂直計算

垂直計算では、閉鎖・排他行為が有する、利益にマイナスの効果とプラスの効果を推定し、それらの大小関係を評価することになる。垂直計算に基づく閉鎖・排他行為を行うインセンティブの評価において鍵となるのは、川上市場及び川下市場における商品1単位当たりの価格費用マージンと、5 川下市場における当事会社と競合他社の競合状況、これら3つの要素である。

以下では、次の数値例を基に説明する。6

垂直計算の想定事例

  • 川上市場においてU1はD1とD2にネオジム磁石合金をそれぞれ1000単位ずつ販売しており、それぞれの取引における総価格費用マージンは10億円(1単位当たりの価格費用マージンは100万円)である。
  • 川下市場において、D1とD2はネオジム磁石をそれぞれ1000単位ずつ販売し、それぞれの取引における総価格費用マージンは20億円(1単位当たりの価格費用マージンは200万円)である。

  • 川下市場におけるD1とD2の競合状況について、D2からD1への転換率は0.2である7

このとき、UD社がD2社へのネオジム磁石合金の販売を停止したとすると、UD社は川上市場において10億円の総価格費用マージンを失うことになる。一方で、川下市場においては、UD社によるD2社へのネオジム磁石合金の販売停止に伴いD2社が販売できなくなったネオジム磁石の需要の一部をD1 社がD2社から奪うことにより、川上市場及び川下市場の両方で利益を上げることができると想定される。そしてその利益は、{川上市場における総価格費用マージン(10億円)+川下市場における総価格費用マージン(20億円)}x D2からD1への転換率(0.2)=6億円として計算される。この場合、ネオジム磁石合金の販売停止によって失う利益(10億円)がネオジム磁石合金の販売停止によって得る利益(6億円)を上回るので、UD社がD2社へのネオジム磁石合金の販売を停止するインセンティブはないと結論づけられる。

このように、UD社がD2社へのネオジム磁石合金の販売を停止するインセンティブを有するか否かは、川上市場と川下市場それぞれにおける総価格費用マージンと、川下市場におけるD2からD1への転換率によって決まることが分かる。垂直計算は、前段落で説明した考え方に基づいて、川上市場及び川下市場における価格費用マージンで表される垂直計算の値と、転換率の値の比較により閉鎖・排他行為を行うインセンティブの有無を分析するものである。

より具体的には、以下の式で与えられる垂直計算の値が転換率の値より大きい場合には閉鎖・排他行為を行うインセンティブはないことになり、垂直計算の値が転換率の値より小さい場合には閉鎖・排他行為を行うインセンティブがあることになる:

実際、上の例で垂直計算を求めると、

となり、閉鎖・排他行為を行うインセンティブはないという結論が得られる。

垂直計算は閉鎖・排他行為によって得られる価格費用マージンに対する閉鎖・排他行為によって失われる価格費用マージンの比率を示すもので、上記例における約0.3という数値は、制限行為によって閉鎖・排他行為によって得られる価格費用マージンに対し、閉鎖・排他行為によって失われる価格費用マージンがその約3割であることを意味する。

閉鎖・排他行為の影響を受ける競合他社から購入できなくなった顧客の全てが当事会社から購入する場合には、閉鎖・排他行為によって得られる価格費用マージンが閉鎖・排他行為によって失われる価格費用マージンを大きく上回るので、当事会社は閉鎖・排他行為を行うインセンティブを有するだろう。しかし、閉鎖・排他行為の影響を受ける競合他社から購入できなくなった顧客の全てが当事会社から購入するとは限らない。顧客が閉鎖・排他行為の影響を受ける競合他社から当事会社に需要をシフトさせる程度を示すものが転換率であり、本例ではその値として0.2を想定している。

この転換率は、当事会社(本例ではD1社)と閉鎖・排他行為の影響を受ける競合他社(本例ではD2社)の間の競争関係の強さを示すものである。例えば、川下市場においては商品が差別化されており、消費者が競合他社の商品にある程度高い価格を払っているような場合、競合他社の商品の購入を断念せざるを得ない状況になったとしても、消費者が代わりに当事会社の商品を購入する可能性は小さいかもしれない。このような場合、転換率は低くなる傾向がある。転換率が低い場合、競合他社への生産要素供給を停止するなどしても、当事会社が川下市場において販売数量を劇的に増やせる可能性は低いだろう。

このような状況では、競合他社への中間財の供給を停止したとしても、転換率が示すように川下市場において期待できる販売数量の増加がそれほど見込めないため、閉鎖・排他行為により失う利益を超える利益を川下市場での販売増から得ることが困難であることが示唆される。つまり、川下市場において、閉鎖・排他行為によって当事会社が競合他社から奪うことができる需要が小さいほど、当事会社が閉鎖・排他行為を行うインセンティブは小さくなる。

また、閉鎖・排他行為によって当事会社が競合他社から需要を奪うことができたとしても、それによって得られる利益が小さければ、当事会社が閉鎖・排他行為を行うインセンティブは小さい。このことは、垂直計算において分母に川下市場における価格費用マージン(本例では200万円)が含まれることで示されており、川下市場における価格費用マージンが小さくなればなるほど垂直計算の値は大きくなり、垂直計算の値が転換率よりも大きくなりやすくなることからも分かる。

Analysis continues in the full article:

3.2 垂直GUPPI(Gross Upward Pricing Pressure Index)
3.3 垂直計算やvGUPPIuの計算に必要なデータ
4.0 垂直型企業結合における効率性改善:二重マージンの解消
4.1 二重マージンの解消の考え方
4.2 米国垂直型企業結合ガイドラインにおける二重マージンの解消の扱い
4.3 我が国の企業結合に関する審査における二重マージンの解消の扱い
4.4 二重マージンの解消による効率性改善効果の定量的な評価 
5. まとめ